世界の終わりに食べるもの


「お前の貞操」

コイツは何を言ってるのだろう。
世界の終わりに食べたいもの、それを聞いたハズなんだが。
見た目に反して真面目だった彼は、見た目相応の馬鹿になり下がってしまったのだろうか。可哀想に。

「聞いてるか?」
「聞こえなかった。けどこの話はもうやめよう」
「そうか」

それきり、目の前の馬鹿は黙り込んだ。
小さな机の上に広げた二つの弁当箱には、それぞれ半分ほどおかずが残っている。
彼は箸を口元にやったまま、教室の外、眩しいくらいの青空を眺めていた。
つられて、俺も空へと目を向ける。何もないことを確認し、今だにぼんやりとしている彼に手を振った。

「起きてるか」
「起きてる。今この瞬間にも、世界崩壊のカウントダウンが始まらないかと考えていた」
「またその話をするか。冗談キツイから」
「本気。どうせ終わるなら、お前と一線を越えようと思う」
「何を思ってその結論に至った」
「結論はとうに出てた。
お前が俺に都合のいい質問をしたから、答えたまでだ」

……さて。
こいつは何を言っているのだろう。さっきから理解できない。
思わず固まった俺の視線、一直線上に奴が居る。何を考えているのか分からない瞳が、空の光を反射してキラキラと輝いていた。
目を逸らせずに約5秒。
俺の左手は、目の前の馬鹿を引っ叩いていた。

「痛い」
「何が」
「頬が。何がどうして、俺を叩いた」
「いや、だって、お前ワケ分かんねぇんだもん」

こいつの言い方じゃまるで、俺が質問する前から……俺の貞操?を狙っていたかのようだ。
いや、俺は何を言っているのだろう。
男が男の貞操をってなんだよ。ホモじゃん。こいつマジか。
……いや、別にいいよ。いいっていうのは受け入れますイエス!じゃなくて、友人がどんな嗜好でも言いふらしたりしねぇし、理解できなくても受け入れはするよって話で。待て、ここでの受け入れるって、穴イン棒的な意味になるんじゃね?いや、それは無理ですけど。盾と矛なら俺は城壁になりたい。いや、こいつのことは嫌いじゃねーけど。ノリでハグするぐらいなら全然平気だけど。

「……おーい、起きてるか」
「夢かな」
「お前が頷けば、俺にとっても今が夢に変わるわけだが」
「断固拒否だ!!俺は城壁だ!!」
「そうか。早く食え」

いつの間にか、弁当箱が一つ数を減らしている。
昼休み終了までの時間を計算し、俺は慌てて残りのおかずをかき込んだ。
事の発端である彼は、優雅に漫画を読み始めている。滅べばいいのに。

「そういやお前は?」

ふと、彼が顔を上げた。
漫画本を机に置いて、ゆっくりと距離を詰めてくる。俺は食べる手を止めて、反射的に仰け反った。

「あの、なんですか」
「お前は何が食べたい?世界の終わりに」

……なんでこんな質問してしまったんだろう。
昨日、クラスの女子がそういう話をしていたせいだ。俺は悪くない。

「俺は……」

色々、考えていたハズなのに。すっかり頭から消え去っている。
次々に浮かぶ好物が、言葉にならず消えていく。食べ物から脱線して、好きな事やら趣味にまで。
あれもダメ、これも違う。だったら何がいいんだ!と、自らツッコミを加えたところで、目の前の彼がふにゃりと笑った。

「最後、何が残った?」

取捨選択、捨てて捨てての俺の中には、もう何も残っていない。
目の前の奴が笑う。
たった一つ残った奴が、飴色の瞳を輝かせながら。

「お前…………だけは嫌だ」
「なぜだ。今完全に、俺を食べる流れだっただろう」
「無理……」
「そうか」
「世界、終わらないし」
「そうだな」

ある日突拍子もなく終わる世界なら、とっくに滅んでいるだろう。
何とかダムスの大予言があった辺りで、爆発しているはずだ。そうして俺は、ここに存在していない。
けど、そんなこと全然なくて。
多分、明日も明後日も、今日みたいな日が続く気がする。

「なら、焦らなくていいな」
「ん?」
「うっかり告白してしまった。だから今日からは、外堀を固める作業に入る」
「……ん?」

コトン、と、机の上にミニトマトが転がる。
そのまま箸さえも落としてしまいそうになったが、握られた手によって箸の安否は保たれた。

「好きだ。お前の貞操が欲しい」

言葉が出ないのは、クソ最低な告白だからであって、落ちたトマトを口の中に放り込まれたせいじゃない。
握られた手から汗が滲むが、決して緊張している訳ではない。
静かに息が止まっていくが、流れる時間は止まらない。


日常の終わり、俺が最後に食べたのは、汚れたミニトマトだった。


世界の終わりに食べるもの

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